落ち着いたギラギラ救急医のブログ ER×ICU+α 

やっくんの「だから救急はおもしろいんよ」 日々の仕事や生活をつらつらと

メイロンのお話(滅多に使わないけど)

京都大学病因の死亡事故

先日、京都大学病院で起きた事故の調査報告が公開されました

 

https://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/info/pdf/20191119_01.pdf

炭酸水素ナトリウム(造影CT検査による腎障害の影響を軽減させる目的で使用される)を処方する際、本来投与すべき薬剤の6.7 倍の濃度の同一成分製剤を誤って処方し、心停止を招いたというものです

 

報告書を読むと、インシデントの積み重ね、様々な情報のすり抜けの結果、こうした事態を招いたことが有り有りと伝わってきます

いつどこで起きてもおかしくない事故だというのが正直な感想です

 

調査の結果を公開してくれた誠実さが伝わってきました

残念ながら亡くなってしまわれた方がいる事例に関して賞賛するのははばかられますが、多くの医療従事者が、この報告書から一つでも多くのことを学ばねばならないと、しっかり読み込んだことと思います

 

今回使用された炭酸水素ナトリウムについては思うところがあるので、まとめておきます 

 

 

メイロン®️

今回投与された炭酸水素ナトリウムは8.6%のもの

商品名を「メイロン®️」と言います

濃度が7%のものも存在しています

 

炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)は、水に入れるとNa+(ナトリウムイオン)とHCO3-(重炭酸イオン)に電離し、重炭酸イオンはさらに水素イオンと反応して水と二酸化炭素になったりします

体の酸・アルカリのバランスをとる重要な物質なのです

重炭酸イオンはアルカリとして働くので、炭酸水素ナトリウムは、体をアルカリに傾けたいときによく使われます

 

よく使われる場面が心停止蘇生後かもしれません

なんとか心臓が動き始めても、代謝の低下から体が酸に傾いてしまっており(血液が正常より酸性である状態をアシデミア、酸性に傾けている状態をアシドーシスと呼びます)、補正のために炭酸水素ナトリウムを投与することがあります

 

その他、めまいの時などによく使われています

血中の炭酸ガス増加による血管拡張や、浸透圧を高めることにより、内耳血流量が増加されるのではないかということが期待されています

 

 

使うと良い薬剤か?

心停止時やめまいを起こしている時、本当に炭酸水素ナトリウムを使った方が良いのかという点について、実は議論のあるところです

 

アシドーシスの原因は様々あります

乳酸が溜まっていたり、ケトンやリン酸、その他腎臓で処理されるべき不揮発酸がたまると、アシドーシスを起こします

酸として働く薬剤の中毒の時にもアシドーシスを起こします(サリチル酸など)

 

アシドーシスで何も問題がなければ介入の必要もないのですが、アシデミアの環境下では、アドレナリンやノルアドレナリンなどに代表されるカテコラミンに細胞が反応しにくくなるということが動物実験で知られております

こうしてアシドーシスは改善しなくてはならないものだとされました

 

そういうわけで、アシドーシスを改善すべく、重炭酸イオンを補充し、体のバランスを取れば良いではないかという発想の元、炭酸水素ナトリウムが投与されてきました

ところが、アシドーシスを補正してもそんなに治療成績は上がらないということがわかってきます

酸・アルカリのバランスをとったところで、そもそものアシドーシスの原因そのものが改善されていないので、あまり意味がないのかもしれません

今では、心停止の治療において、ルーチンで炭酸水素ナトリウムを投与することは推奨されていません

(JRC蘇生ガイドライン参照↓)

https://www.japanresuscitationcouncil.org/wp-content/uploads/2016/04/0e5445d84c8c2a31aaa17db0a9c67b76.pdf

 

 

 

そのほか、集中治療室において、重度のアシドーシスがある人に炭酸水素ナトリウムを投与したら予後が改善できるかどうかを調べたRCTがあります

介入群にはpH7.3を保てるよう、4.2%炭酸水素ナトリウム125-250mlを30分で投与、最大24時間以内に1000mlまで投与しました

プラセボ群と比較し、28日死亡率に差はなく、入室7日目に1つ以上の臓器障害があるかどうかについても差が認められませんでした

腎不全患者においては、死亡率改善、臓器障害の回避、透析の回避ができる可能性が示唆されました

 

ルーチンで「メイロン®️いっとけ!」というような結果にはなっていないのです

 

めまいについても経験的に使用されてきましたが、RCTが組まれているわけではなく、効くか効かないかわからないけど使っておくか・・・という位置付けの薬剤です

 

 

 

メイロン®️の中身

メイロン®️8.6%はナトリウムイオンと重炭酸イオンが1000mEq/L入っています

250mL投与すればナトリウムが250mEq入りますし、1L投与したら1000mEq入ります

 

mEqと言われても意味不明かもしれませんが、mEqは電解質の濃度の単位です

Eqはエクイバレントで「当量」を意味します

mはミリなので、mEqはミリエクイバレントと読みます

略して「メック」

 

イオンとして働く時、Na+は1価の陽イオンとして働き、HCO3-は1価の陰イオンとして働きます

でも、それぞれ分子量がちがうので、Na+は1000mEqで23g、HCO3-は61gです

どれだけ存在しているかわかりにくいので、電荷の大きさで評価します

同じ働きをする分だけ存在しているよという意味で「当量」です

 

メイロン®️8.6%は250mL点滴したら250mEqのナトリウムイオンが入ります

これは食塩14.6gに相当します

1000mL投与したら食塩58.4g分です

ラーメン10杯分くらいの塩分が一気に投与されることになります

もちろん、重炭酸イオンもそれだけ入りますので、体はとんでもなくアルカリに傾くでしょう

メイロン®️8.6%を1000mL投与するというのはそういうことです

 

濃度とか、物質量とか、難しいですよね

でも医療従事者は知っておきたい重要な知識です

気軽に使われがちな炭酸水素ナトリウム、何がどれだけ入っているかという点は気にしておきたいところです

自分としては滅多に使う機会がない薬剤なのですが、使用する際にはどれだけの電解質が入るかという点に注意を払っています